お知らせ news
「戦争と平和」満州・満蒙開拓の歴史、無事終了しました
2026年8月11日
毎年開催している「戦争と平和」、今年は、満州・満蒙開拓の歴史ということで、8月1日に無事に開催できました。足を運んで下さった皆様、ありがとうございました。
現地での参加者は50名、遠方にて、インターネットで参加した方も10名ほどいました。
最初に「満蒙開拓の真実」という下伊那の阿智村にある満蒙開拓平和記念館から貸し出して頂いた約20分の映像を視聴。満州国の建国から崩壊、戦後の日本に残された問題まで、満蒙開拓の概要を知ることになりました。

続いて、今回上伊那からお招きしたゲストスピーカーである矢澤静二先生による講演。実際に信州の満蒙開拓にはどのような思いで参加したのか、開拓団としてどのように満州に送り出されたのか、実際の現地での生活はどうだったのか、こちらも多くの証言を交えて語ってくださいました。

開拓団は満州に行くと、実際は、「満州拓植公社(通称:満拓)が、中国人の家屋、宿舎も倉庫も買収済み。燃料の薪、食糧、鍋釜まで揃っていた。 中国人から熟地(耕作していた土地)も買収済みだった」
「開拓団なので開墾をすると思っていたが、そうじゃなかった」ということでした。
そこに住んでいた人たちから日本は、公社を通じて、土地を安く買い上げ、住んでいた人たちは、別の場所に移住せざるを得なかった、もしくは日本人の使用人として苦力(クーリー)として雇われるという現実。
さらに、終戦間際のソ連が中立条約を破棄、その後、満州に侵攻してくる前後の状況。関東軍は、防衛ラインを朝鮮の方まで下げるという理由で、開拓団を置き去りにして撤退。終戦を前にして、開拓団の壮絶な逃避行が始まります。

戦後明らかになった満州の人たちの扱いの取り決め、またその後の中国との関係なども詳細に語って下さいました。日本人が加害者の立場であること、中国の人たちに助けてもらった日本も多かったということなど、開拓団の歴史を学んで、今できることが何かを考える機会を与えてもらいました。
休憩をはさんで、証言映像を30分視聴しました。
インタビューをさせてもらったのは、昭和2年生まれ、現在98歳の城倉肇さんです。インタビュー時はなんと4時間半も語って下さり、到底98歳とは思えず、昨日のことのように満州のことを話してくれました。

小学校で、天皇の写真を雨天集会場(体育館)に持ち込む時の様子、満州での生活、飛行場勤務の時の様子など、目に浮かぶように語っていただき、当時の空気感を参加者は感じることができました。


「もし自分が、当時開拓推進する立場だったら? 当時一村民だったら? 10代の青年・少女だったら…」どうふるまって、どう判断しただろう。
「この社会や世界の状況を見ながら、自分たちは何を教訓にして、日々の生活の中でも『考え』を変えられることがあるか、『行動』を変えられることがあるか」ということをみんなで話し合う
短い時間では語り尽くせない内容と、参加者の皆さんにも今の自分たちに何ができるか、大いに考える機会を頂きました。本当に感謝します!